◇小堀晋一のアジアリポート


 任期満了によるミャンマーの総選挙がいよいよスタートした。20日に立候補の受付が開始され、8月7日に締め切られる。投票日は11月8日。3カ月の長い選挙戦となる。関心はただ一つ。アウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が改憲に必要な4分の3超を確保できるか。外国人の親族を持つ同氏は憲法の規定で大統領にはなれない。大統領就任に執念を燃やす同氏だが、最大のアキレス腱である少数民族問題が大きく立ちはだかっている。

バングラデシュの難民キャンプに逃れたロヒンギャの少女(Getty Images)

 「スー・チー氏を支持した前回の自分の投票を後悔している。今回は出身である故郷の政党に投票する」

 こう語るのは北部カチン州出身で、看護師のカチン族の女性(28)。前回選挙ではNLDを支援したが、「間違っていた」ときっぱり。6つあったカチン族政党が統合してできたカチン州人民党(KSPP)に期待を寄せて「選挙戦を手伝う」と語った。


 筆者は総選挙が1年後に迫った昨年11月から今年2月にかけて、北部カチン州、東北部シャン州、南部カイン州とモン州といった少数民族居住地や、中部マンダレー管区、最南端のタニンダーリ管区といった地方へと足を運び、現地の声を尋ねてみた。

 だが、聞こえてくるのはスー・チー氏への深い失望と後悔ばかり。政権の少数民族対策が首尾良く進んでいない実態が浮き彫りとなった。

上ビルマの中央平原。遠方にはアラカン山脈。ここより北部が少数民族武装勢力の拠点の一つ(小堀晋一撮影)

 もっとも、政権側にしてみれば、対策は講じていると言うだろう。その最大のものが、政権発足後に立ち上げた「21世紀パンロン会議」だ。

 パンロンとは、シャン州の州都タウンジーの東50キロにある町パンロンのこと。スー・チー氏の実父で、ミャンマー建国の父とされるアウン・サン将軍が1947年2月に当地に少数民族の代表者らを集め開いたのが「パンロン会議」だった。


 政府の集計だけでも130に及ぶ少数民族が居住するとされるミャンマー。人口の7割をビルマ族が占めるいびつなモザイク国家は、英国からの独立交渉でも一枚岩とはいかなかった。

 全権代表のアウン・サウン将軍は、英領ビルマ政庁が直接統治した管区ビルマに加え、間接統治だった少数民族居住区の辺境ビルマを合わせた全ビルマ領域での連邦制の導入を主張。この機会を逃せば全土独立は不可能と考えていた。


 一方、少数民族の中には民族自決の国際機運の中、独立国家を模索する動きがあった。カレン州(現カイン州)では、カレン族が別に自らの代表を英国に送り、独立を求めていた。

 このため、このままでは交渉がまとまらないと考えたアウン・サン将軍が呼びかけたのがパンロン会議だった。ロンドンの予備交渉から帰国した将軍は会議の席で、独立後には各少数民族に自治権を与えることを約した。

 こうして取りまとめられたのが、ビルマ族と参加した少数民族との間で結んだパンロン協定だった。自治権の付与に加え、後に協定を受けて制定した憲法ではシャン州や東部カヤー州に対し、連邦離脱権さえも認める厚遇ぶりだった。

南部タニンダーリ管区の山岳部。カレン族やモン族の支配地域(小堀晋一撮影)

 スー・チー氏は偉大な父の功績にあやかろうと、政権奪取直後に会議の設置をトップダウンで決めた。「21世紀パンロン会議」。名称にもこだわりを見せた。

 だが、これまでに政府との停戦協議で合意し、参加したのはわずか10団体のみ。少数の組織も含めれば、なお同数程度の武装勢力が停戦を拒否し、独立を目指して闘争を続けている。会議そのものも当初は半年毎の開催を約束したのに、18年7月の第3回以降は2年間も開催されなかった。

 こうした中、スー・チー政権は11月の総選挙を意識して、8月中旬に首都ネピドーで第4回会合を開催することを決めた。ところが、これに対してはシャン州を拠点とするパオ民族解放機構(PNLO)が独自の州憲法の制定を求めるなど神経戦が早くも展開されている。


 現政権の少数民族対策が難航する背景には、拭いがたいアウン・サン父娘への不信がある。

「建国の父」アウン・サン将軍

 前述のように、連邦制国家として英国から独立することになった新生ビルマは、少数民族が居住する周辺州に対しては自治権を約束した。47年制定の憲法でもそれを明文化し、一部州には独立後10年目以降の連邦離脱権さえ記した。

 だが、それら自治権も離脱権もその後の政権運営の中で剥奪され、今日に至っている。アウン・サン将軍はテロの兇弾に倒れ、その後を軍政が継続すると連邦制維持はより強固とされた。


 全国を小選挙区制で争うミャンマーの総選挙は、ビルマ族が多い平野部の管区ビルマではNLDの圧勝が今回も予想されている。しかし、少数民族が暮らす山間部の州では、ビルマ族が少数派に転じる選挙区が4割もあるとされ、ここが最大の焦点となる。

 少数民族政党の中にはこの5年間のNLD政権に失望し、他党との連立に転じる政党も出始めている。その一つでカイン州を束ねるカレン国民民主党(KNDP)は、国軍系野党の連邦団結発展党(USDP)との連立を選択肢として打ち出し、話題を呼んだ。

 カレン族は戦後、独立を求め国軍と戦った歴史を持つ。州の全域が戦場となった苦い記憶がある中での国軍への秋波に、現政権側への衝撃は計り知れないはずだ。

側近を切り捨てるなど独断専行が強くなったアウン・サン・スー・チー国家顧問(ミャンマー国家顧問オフィス)

 同様に、民族自決を訴える少数民族政党は、カチン州やシャン州、モン州、西部ラカイン州などにも広く点在する。選挙戦が進むにつれ、これら少数民族政党間で州を超えた選挙協力が進んでいく可能性は決して否定できない。

 特にラカイン州では、イスラム教徒ロヒンギャを母体とするアラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)や仏教徒のラカイン族の武装組織アラカン軍(AA)がここ数年、活発に活動を展開しており、頻繁に戦闘が報じられている。同州ではNLDは一議席も獲得できないとの予想もある。


 父親の栄光と権威ばかりに重きを置き、少数民族対策を置き去りにしてしまったスー・チー氏。ビルマ族からの絶対的な支持はなおあったとしても、かつてのノーベル平和賞受賞の輝きは、とうに失せたと見るのが正当だろう。

ノーベル平和賞剥奪を求める動きも(Photo: REUTERS)

 それでもまだ、自分だけがミャンマー連邦共和国の大統領にふさわしいと今でも信じているというのなら見せてもらいたい。選挙で圧勝するその結果を。(ジャーナリスト 在バンコク 小堀晋一)


【ミャンマー国内の主な少数民族武装勢力】

(停戦合意済み)

カレン民族同盟(KNU)

カイン民族解放軍(KNLA)

パオ民族解放機構(PNLO)

全ビルマ学生民主戦線(ABSDF)

チン民族戦線(CNF)

アラカン解放党(ALP)

民主カレン仏教徒軍(DKBA)

シャン州和解協議会(RCSS)

新モン州党(NMSP)

ラフ民主同盟(LDU)

(停戦拒否)

カチン独立軍(KIA)

カチン独立機構(KIO)

ワ州連合軍(UWSA)

シャン州軍(SSA)

ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)

タアン民族解放軍(TNLA)