◇松野仁貞のワールドリポート


 対北朝鮮、対イランで強硬路線を打ち出している米国。トランプ政権の中枢で「悪魔の化身」と呼ばれる男がうごめいている。イラク侵攻の黒幕だったとされるこの男は、広島・長崎への原爆投下について「軍事的だけでなく道徳的にも正しかった」と言い放った人物。北朝鮮やイランへの先制攻撃を広言してはばからない。共和党主流派・軍産複合体の思惑をバックにトランプ大統領とも対峙する姿勢をみせている。(World Review編集長 松野仁貞)



 「悪魔の化身」と呼ばれるのはジョン・ボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官=

写真 米ホワイトハウスで、ドナルド・トランプ米大統領(手前)の記者会見を見つめるボルトン氏(GETTY IMAGES)。4月の米朝首脳会談を決裂させた張本人でもある。外交筋は「事前の交渉では姿を見せず名簿にも名前がなかったボルトン氏が交渉のテーブルに座っているので嫌な予感がした」と語る。

 ボルトン補佐官はメリーランド州ボルチモア出身。高校生時代から共和党の大統領候補の選挙運動に参加するなどタカ派の片鱗を見せ、イエール大学ロースクール修了後はワシントンの法律事務所勤務を経てレーガン政権で司法省などに勤務。続くブッシュ政権では国務次官補として暗躍した。

 当時の複数の関係者は「イラク侵攻に向けた情報を操作し反対勢力にはあらゆる手段を使った脅しをかけ続けていた」と語る。イラク侵攻に慎重だった国務省はボルトン氏によって絡め取られたという。

 在京外交筋は「現状はイラク侵攻直前の状況と酷似している」と指摘する。当時(国務次官補)より強大な権限を持つ大統領補佐官というポジションを得たボルトン氏が、対イラン先制攻撃への布石を着々と打ち始めている。駆使するのイラク侵攻の時と同じボルトン流。「情報操作と反対勢力への執拗な威嚇と排除」(外交筋)という。

 2018年3月に解任されたボルトン氏前任のH.R.マクマスター補佐官は米・イラン核合意の維持に前向きだったとされる。レックス・ティラーソン前国務長官も維持に前向きで交代の憂き目にあった。ボルトン氏を任命したのはもちろんトランプ大統領だが、「背景には反トランプ勢力である共和党主流派と軍産複合体の圧力があった」(関係筋)とされる。

 ボルトン氏は、イラン革命が40 周年を迎えた今年2月、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師に向けて「革命記念日を祝うチャンスはあまり残っていないだろう」と言い放って世界を震撼させた。

 こうしたなか今年5月5日、ボルトン補佐官は「アメリカまたは同盟国の権益に対する攻撃は容赦ない武力行使を招くとの明快なメッセージをイランに送る」として、空母エイブラハム・リンカーンを中心とする打撃群と核搭載可能なB52戦略爆撃機4機から成る部隊を中東に派遣すると発表した。イラク開戦直前に上司だったボルトン氏と衝突して辞職した国務省の元情報担当幹部グレッグ・シールマン氏は「国家安全保障担当の大統領補佐官が独断で声明を発表するなどイラク戦争のときにもなかった。前代未聞だ」と語ったと米ニューズウィー誌は伝えている。

 ボルトン補佐官の威嚇に対して、イランが核合意について履行の一部停止を表明したのはその3日後。対イラン攻撃の口実になるのではと懸念されている。

Jonathan Ernst/REUTERS

 北朝鮮に対してもボルトン補佐官の挑発はエスカレートしてる。

 今年2月、「米朝蜜月」と世界に衝撃を与えた首脳会談を決裂させたのもボルトン補佐官。韓国統一部元長官ですら韓国CBSラジオの取材に対してボルトン補佐官を名指しで批判したほどだった。4月の首脳会談を決裂させたのもボルトン補佐官。韓国外交筋によると、事前の交渉にはなかった無理難題を突然持ち出して北朝鮮側に席を立たせたという。

 北朝鮮の崔善姫(チェ・ソンヒ)第一外務次官が朝鮮中央通信を通じて、ボルトン補佐官を「朝米両首脳への無理解か間抜け」と批判したことは記憶に新しい。また5月はじめに北朝鮮が短距離弾道ミサイルを発射したことについてボルトン補佐官が「弾道ミサイルの発射は国連安保理の制裁決議に明らかに違反している」と決めつけたことに対して、北朝鮮外務省の報道官が国営朝鮮中央通信(KCNA)を通じて声明を発表。ボルトン補佐官を「トランプ大統領の耳に戦争を吹き込んでいる」としたうえで、「平和と安全保障を破壊する欠陥人間。『安保破壊補佐官』だ」と厳しく批判した。

 「父ブッシュから連綿と続くネオコン勢力の力を源泉にして」(外交筋)強硬路線をひた走るボルトン氏だが、ここにきてトランプ大統領との温度差も表面化し始めた。

 トランプ大統領来日時に行われた日米首脳による共同記者会見で、安倍晋三首相が北朝鮮の短距離弾道ミサイル発射を「国連安保理決議違反」と強く避難したのに対して、トランプ大統領は「気にしていない」と発言した。これを受けて米国の複数の大手メディアは「日米両首脳の見解の相違が明らかになった。絆にヒビ」などと報じた。

 だが「トランプ大統領は安倍首相など眼中になく、牽制した相手はボルトン補佐官」と複数の在京外交筋は解説する。「トランプ大統領来日に先立って安倍首相と会談したボルトン補佐官が、安倍首相を”洗脳”。踊らされた安倍首相が共同会見で対北朝鮮強硬発言をした」という。

 シンガポールで開かれたアジア安全保障会議で、米国のビーガン北朝鮮担当特別代表は、「トランプ大統領は北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が1年前のシンガポール(米朝会談)での約束を守ると信じている」と述べ非核化に向けた対話継続への意欲を強調した、と共同通信が伝えている。ビーガン氏は「対話を続けることで米朝の溝を埋めることができると確信している」と述べたという。

 「ビーガン氏の発言はトランプ大統領の意向を反映しており、ボルトン補佐官と大統領との温度差は修復不可能なレベル」と関係筋は語る。「ボルトン氏解任という選択肢も可能性はゼロではない」と別の関係筋は指摘している。

 ただ、民主党からの激しい攻撃に加えて与党・共和党内の大半が反トランプという状況の中で、共和党主流派と軍産複合体、ネオコン勢力にトランプ大統領がどのように立ち向かうのか。再選を目指すトランプ大統領にとって正念場といえる。


 ※『悪魔の化身』:トランプ大統領によるシリアからの米軍撤退に抗議して辞任したジェームズ・マティス前国防長官。海兵隊出身で「狂犬」の異名をとったマティス氏がボルトン氏との初対面の際に「あなたのことは『悪魔の化身』であると聞いている」」と述べたという。