◇松野仁貞のワールドリポート

 

 来年1月に予定されている台湾の総統選が混迷の度を深めると共に白熱化している。台湾独立を目指す現職に対して野党からは親中国派とされ「台湾のトランプ」ともいわれる候補が名乗りを上げた。与党内では現職に対抗して有力候補が立候補を表明しており候補の一本化が大きくずれ込んでいる。対中路線を大きな軸に激しいせめぎ合いが続く台湾総統選を展望する。(World Review 編集長 松野仁貞)


 時事通信によると、再選を目指す蔡英文総統(62)=写真(Getty Images)=は5月20日、総統府で記者会見に臨み、中国が「一国二制度」による中台統一方針を改めて打ち出したことに関して「あいまいさを奪って断固としてはっきりと台湾の立場を言わざるを得なくした」と批判したうえで、「挑発ではない。一国のリーダーが国民の気持ちを伝えられなければ、独立主権国家とは言えない」と述べて一国二制度を強く拒否した。総統就任3年目の節目だったが、総統選における自らの立ち位置を明確にして対立候補との区別化を図る目的があったと見られている。

 蔡英文総統は記者会見で「対岸の中国は強大で『一国二制度』を声高に叫んでいる」とした上で、「自信を持って、より大きな声で言おう。『われわれにはただ一つの国家しかなく、それは中華民国台湾。われわれにはただ一つの制度しかなく、それは民主主義・自由・人権だ』」と言い切った。(フォーカス台湾) 

 こうした背景には与党・民主進歩党(民進党)内の熾烈な候補者選びがある。蔡英文総統は昨年11月、民進党の大票田である高雄市市長選で野党・中国国民党(国民党)の候補に惨敗した責任をとって党主席を辞任、加えて政治的パートナーだった頼清徳前行政院長(59)が突如、予備選出馬を表明するなど正念場を迎えている。民進党の候補決定は4月17日の予定だったが、予備選は世論調査の結果で判断するため支持率で劣勢に立っていた蔡氏陣営が日程を延期、頼氏陣営との間で予備選廃止を含めた激しい駆け引きが続いている。

 頼清徳前行政院長は「台湾独立」を明言して人気があったが、総統選出馬表明後は「現状維持」派へと路線を修正、総統選をにらんで中間層の支持を狙うと同時に、対中国、対米国への配慮をにじませている。20日の会見で蔡英文総統が「一国二制度」を強く拒否した背景には、こうした動きがあったとされるが、頼氏の路線変更後は蔡氏の支持率が回復基調にあるとみられ、蔡氏の巻き返しが焦点だ。

 一方、野党・国民党の候補者選定も波乱含みだ。当初は昨年11月の高雄市長選で民進党候補を破り、蔡英文氏を民進党主席辞任に追い込んだ立役者である韓国瑜・高雄市長(61)が最有力とされていた。韓氏は「台湾大学法学部卒の3人の歴代総統が台湾経済をダメにした」と現政権だけでなく国民党の馬英九前総統にも切り込む「庶民の代弁者」として絶大な人気があり、各種世論調査では常にトップを独走してきた。


国民党の期待の星・韓国瑜・高雄市長(REUTERS)

 ところが先月、鴻海(ホンハイ)グループ総帥で鴻海精密工業の郭台銘(テリー・ゴウ)会長(68)が総統選への出馬を表明、国民党の候補者レースも一挙に混沌としてきた。

 郭氏は、台湾の町工場を従業員130万人を超える世界的な巨大企業に育てた。日本のシャープを買収したことは記憶に新しい。生産受注を引き受け「iPhone を作った男」などともよばれている。実績はもちろん豪腕・ワンマンな経営スタイルで「台湾のトランプ」とも評されている人物だ。共同通信によると、郭氏は5月6日、台北市内で記者会見し、米中貿易摩擦が激化するはざまで台湾にチャンスが生じていると指摘、総統になって台湾経済を発展させたいと訴えた。


台湾総統選への出馬を表明した鴻海(ホンハイ)精密工業の郭台銘(テリー・ゴウ)会長(REUTERS)

 強烈なインパクトを与えた郭氏の出馬表明だが、大きな懸念は中国との関係だ。中国の改革開放政策が進む1988年から中国コネクションを構築、鴻海グループの基礎になったという。こうした背景が有権者の判断に影響を与えることは必至で総統選での先行きは不透明だ。

 こうした中で、国民党幹部が依然として「勝てる候補」として大きな期待を寄せているのが韓国瑜・高雄市長だ。ただ、韓氏は市長になって半年あまりで「市長職投げ出し」とみられる懸念があり、高雄市民からの要望などもあることから「市民の期待を裏切ることはできない」として総統選への不出馬を再三表明している。しかし、世論調査の結果では韓氏が郭氏を20ポイント強もリードしていることから、関係者によると、国民党幹部はなし崩し的に同党の予備選挙の候補に名前を載せるなどの方策を模索しているともされる。

 一方、二大政党の候補者選定の混迷の中で、台北市の柯文哲(か・ぶんてつ)市長(59)が無所属での出馬に意欲的とされており、去就が注目されている。