◇小堀晋一のアジアリポート

 ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問兼外相が政権を事実上掌握してから3年余。国会議員の任期満了を来年に迎える中、同氏をめぐる評価が芳しくない。自派を脅かす新たな政治勢力の出現、ロヒンギャ問題に端を発した国際社会の失望、国内に抱える少数民族武装勢力との和平交渉など眼前には課題や難問が山積する一方で、いずれも遅々として好転に向かっていない。2015年11月の総選挙で自らが党首の国民民主連盟(NLD)が大勝した際、「私がすべてを決定する」と大言壮語した時の高揚感も、もはや自身にも国民の間にも存在してはいない。1年後に迫った20年総選挙でNLDは安定した政権を維持できるのか。(ジャーナリスト 在バンコク 小堀晋一)


インドネシア・ジャカルタのミャンマー大使館の外でアウンサンスーチー氏を批判する写真を掲げるイスラム教徒=AP。ロヒンギャ問題への対応で各国で「ノーベル平和賞」没収の署名活動が展開されている。

 今年6月19日午前7時40分、ヤンゴン郊外の屋外にあるイベント施設。小雨の振る中、集まった740人の支持者らは両手でどうにか持つことのできる大型のパネルを頭上に高々と掲げ、スーチー氏の巨大な肖像画を完成させた。この日が74回目となる同氏の誕生日を祝ったものだが、前年までに比べて遥かに多い資金を投じ、動員の号令をかけたことがよく分かる規模だった。ただ、それでも集まったのは2000~3000人止まり。その後は雨脚も強まって、9時には三々五々が始まった。

 一方、首都ネピドーでは執務室がある国家顧問省などで巨大なデコレーションケーキが多数用意され、職員らに振る舞われた。行政機関の幹部らによる祝辞が述べられるとともに、スーチー氏がナイフを入れる様子がSNSなどを通じて全国に向けて発信された。このほか、7つある行政管区では地元当局による記念の植樹の行事が行われるなどした。

 明らかに豪華すぎると受け止められた今回の一連の行事を、文字通りの誕生祝いと受け止める人はまずいない。NLDは6月上旬、20年総選挙にスーチー氏とウィンミン大統領が同党からそろって出馬すると発表。事実上の選挙戦が始まっていた。誕生行事はその一貫として行われた。


74歳の誕生日の祝福を受けるスーチー国家顧問(ミヤンマー外務省)

 次期総選挙でも、与党NLDが大きく優勢を保ちながら、国軍が母体の野党、連邦団結発展党(USDP)と激しく対峙していく構図に変わりはないと見られている。最大の争点となるのは、スーチー氏の大統領就任を阻む憲法第59条f項の改正だ。同項は外国籍の子を持つ者の大統領就任の禁止しており、同氏が就くためには憲法の改正が必要となる。改憲には総議員の4分の3を超える賛成を必要としており、議員定数の4分の1を自動的に与えられる軍人議員の中から賛成が出なければ実現しない。1議席たりとも取りこぼしはできない。

 こうした中、NLDに痛手ともなりかねない新たな民主化政党が誕生。急速に支持を伸ばし、党勢に陰りの出てきた同党の票田を脅かしている。新党は前下院議長のトゥラ・シュエ・マン氏が設立した連邦改善党(UBP)で、結党からわずか2カ月間で10万人の党員を集めたと現地紙は報じている。民族間の紛争が絶えないミャンマーにあって人種や宗教を問わないことを党是としており、NLDのお株を奪うさらなる民主化についても前向きとする。


中国の習近平国家主席(右)と北京の人民大会堂で会談するミャンマーのトゥラ・シュエ・マン氏(当時下院議長)=新華社

 ただ、国軍出身でかつては序列3位にあったシュエ・マン氏への警戒心は根強く、USDPの党首も務めた経歴もあることからNLDとしては簡単には協調路線は取れない。スーチー氏に手腕を買われ、連邦議会の諮問機関「党務と特殊事案に関する委員会」の委員長を今年3月まで務めたものの、新党の立ち上げで反発を受け、それも事実上の解任に遭っている。対抗してシュエ・マン氏が立ち位置を変えてくる可能性もある。


 スーチー政権の残る2つのアキレス腱が、いわゆるロヒンギャ問題と少数民族との和平交渉だ。このうち前者では、迫害されているイスラム教徒少数民族ロヒンギャの帰還や救済を国際社会が繰り返し求めているにも関わらず、ミャンマー政府は何ら有効な手立てを打ち出していない。そればかりか、スーチー氏は6月3日に訪問したチェコでの講演で「国際社会は(西部)ラカイン州の和平問題ばかりに関心を向ける」と不満をぶつけるなど聴衆の失望を買った。それに先立つ2月に行われたジュネーブ軍縮会議でも、演説を直前になって取りやめるなど同問題から腰の引けた状態が続いている。剥奪された国外からの名誉賞も一つや二つでは止まらない。


ミヤンマー国軍による少数民族ロヒンギャへの弾圧が続いており、多数が殺害され40万人が難民として隣国バングラデシュに逃げ出している=AFP

 一方、スーチー氏が主導する連邦和平対話合同委員会での協議も進展が見られない。16年から始まった政治対話「21世紀のパンロン会議」は半年毎の開催予定が年1回となり、今年はその時期さえも決まっていない。停戦協定には10の少数民族が署名しているものの、なお同数程度の少数民族との紛争は局所で続いている。


 こうした折りに、スーチー氏自身が自らの立場をわざわざ後退させる動きも見せている。和平交渉の一方で同氏は、「建国の父」とされる自身の父アウンサウン将軍の銅像の設置を各地で強行。東部カヤー州や同モン州などでは反対する地元住民が警察署を襲撃する事件が起こっている。

 そして、国際社会が一斉に眉をひそめたのが中国との急激な接近だ。スーチー氏は今年4月下旬、北京で開かれた「第2回一帯一路国際協力サミットフォーラム」に出席し、「ミャンマーは中国の一帯一路を支持する」と明言。習近平国家主席も両国の外交樹立70年目となる来年、10億人民元(約170億円)の緊急融資を予定していることを明らかにした。

 インド洋に港を持たない中国は、早くからミャンマーの国土を経由した交通網の確保に力を入れてきた。「中国ミャンマー経済回廊」と銘打ち、雲南省からシャン州セムを結び中部の都市マンダレーに至る高速鉄道の建設を計画。インド洋進出への足がかりとする考えだ。また、今回のさらなる接近で、テインセイン前政権時代に中止されたイラワジ川上流カチン州にあるミッソンダムの建設再開にも道筋が付いた可能性が高い。中国企業が開発し電力も中国に送られることから、現地に住む少数民族は反対運動を続けている。

 懸念されるのは、こうした中国との経済的な結びつきが強まる中で膨れ上がる対中債務だ。18年度のミャンマーの対外債務のうち中国からの借款が占める割合は全体の4割に近い。特定の国に傾斜する姿勢が一段と強まったことは、国の独立や安全保障の面からも大いに問題と言える。


一帯一路サミットのため中国を訪れたスーチー国家顧問。習近平国家主席と会談した。(ミヤンマー情報省)

 それでもスーチー氏は、立ち止まり、自ら掲げる政策を見直そうとはしない。権力が個人に集中しすぎた現状を憂える意見は大きな「民主化」のうねりの中で、ともすればほとんど届かない。だが、歴史が証明するように有権者はしたたかに現状を見つめ続けている。2020年総選挙に、その結果が現れる可能性は決して低くない。