◇松野仁貞のワールドリポート


 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の後継者として実妹の金与正(キム・ヨジョン)氏が選ばれた模様だ。韓国国会立法調査処が明らかにした。与正氏は政治局員候補として既に「党中央」(後継者)の役割を果たしているという。新型コロナ禍など不確定要素が多い中で、実兄の正恩氏が体制固めに乗り出したとみられる。(World Review 編集長 松野仁貞)

金正恩氏(右)と実妹の与正氏(労働新聞)


 韓国国会立法調査処の報告書やジャーナリスト辺真一氏のリポートなどによると、金与正氏は、金正日(キム・ジョンイル)総書記と在日帰国者である母・高容姫(コ・ヨンヒ)との間に1987年9月26日に生まれた。兄の正恩委員長(1984年1月8日)よりも3歳年下。1998年から2000年まで兄と同じスイスのペルン公立学校に留学していた。

 2000年に帰国後は消息が明らかになっていなかったが、2011年12月29日に開かれた父・正日氏の追悼集会で、後継者となった正恩氏の後ろに立っていたことから兄の補佐役としての役割を担うとみられていた。

 与正氏が国際社会の注目を集めたのは2018年2月に韓国の平昌で開催された冬季五輪。開幕式に北朝鮮の代表団の一員として出席したが、団長の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長(党序列No.2)が団員の与正氏に席を譲るなどしたことが確認されて、韓国政府もメディアも与正氏が「影のNo.2」であるとの認識を深めた。

平昌五輪の開会式を見る金与正氏(右)。左は金永南最高人民会議常任委員長、中央はペンス米副大統領=韓国・平昌(2018年02月09日) 【EPA時事】


 与正氏は現在、党第1副部長として党中枢の組織指導部を統括しているとされる。また、4月11日の党政治局会議では政治局員候補に復帰したことが確認された。

 ただ、党第1副部長の肩書きの与正氏が、トランプ米大統領や文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領らに対して個人名で談話を発表するなどしており、実兄正恩氏の「名代」(外交筋)としての役割をになっているとみられている。

 こうした情報を分析、韓国国会立法調査処の報告書は与正氏は「『党中央(後継者)』の役割を果たしており、『白頭血統』(金一族を意味する)の後継者としての地位を得た可能性がある」と分析している。

 ※「白頭血統」の白頭は白頭山。正恩氏の祖父の金日成(キム・イルソン)氏が抗日ゲリラ活動を行い、父の金正日氏が生まれたといわれている聖なる山。正恩氏も、重大な政治的決定を強調したい時などにこの山を訪れている

北朝鮮芸術団の公演会場となったソウルの国立劇場で、文在寅韓国大統領(右)と話す北朝鮮の金与正氏(2018年02月11日) 【EPA時事】


 一方、健康不安説が飛び交っている金正恩委員長に関しては、韓国政府は「健在」との公式見解を表明しており、北朝鮮東部の元山にある別荘にとどまっているとの見方が有力だ。

 在京外交筋は、新型コロナ禍のこの時期に後継者選定と体制固めに乗り出した背景について「正恩氏自身が持病を抱えており、万が一のケースを勘案。3人の子供が成長するまでの間、実妹を後継者にすることで体制を盤石にしておく目的がある」と解説する。

 これに関連、在京情報筋は「反体制派の排除に乗り出した」との見方を示した。3人いるとされる正恩氏の実子は3歳から10歳でまだ年少。後継者の座を巡る権力闘争の前には無力だ。

 反体制派の中で最も危険視されているのが、2017年2月13日にマレーシアのクアラルンプール国際空港でVXガスを使って暗殺された金正男(キム・ジョンナム)氏の長男、金(キム)ハンソル氏。正男氏は正恩氏の異母兄で、ハンソル氏は北朝鮮反体制派の「自由朝鮮」と関わりがあるとされている。

 ハンソル氏は現在、北朝鮮の暗殺から逃れるために中国もしくは米国に保護されているとされる。後継争いの混乱の中で中国もしくは米国の工作で後継者の座に就けば、北朝鮮は中国もしくは米国のいずれかの完璧な傀儡国家になるとの危機感が北朝鮮指導部の中には根強いという。

 国際情報筋は「正恩氏が健在なうちに実妹への権力委譲を段階的に済ませておくことが体制固めには不可欠。同時に反体制派の排除も激しさを増すことになる。ハンソル氏も風前の灯火だ」としている。