◇小堀晋一のアジアリポート


 中国の「一帯一路」の勢いが止まらない。開発資金を融資することで援助国を借金漬けにする手法が国際的な非難を浴びているものの、そんな批判はどこ吹く風。次なるターゲットを見つけようと水面下で着々と画策を続けているというのが大方の見方だ。例えばそれは、隣国ラオスで進める開発事例にも見ることができる。同国から南にタイを経由してマレーシア西岸に至る国際高速鉄道網構想。突貫工事で既成事実を積み重ねる手法は、東南アジアからインド洋一帯の制覇を目論む野望とさえ映る。地元住民そっちのけ、ラオスの将来を蝕む現状を現地からリポートする。( 在バンコク ジャーナリスト 小堀晋一)


 ラオス領内に食い込むように国境線が伸びる中国雲南省西双版納傣族自治州。その最南端にラオス・ボーテンに通じる街がある。州都景洪市から大型バスで4時間。4車線の真新しい高速道路には、利用者は少ないものの日本にあるようなサービスエリアもある。周囲は見渡す限りの山岳地帯で、一望するだけではどこが終着なのか分からない。こうした中、突如として森の中から出現するのが出入国管理局が置かれた磨憨(モーハン)の街並みだ。  イミグレーションのゲートから続く車の列が1キロほどは伸びていただろうか。道の両側には国境を越えるドライバーや行商人向けの飲食店や雑貨店。大型バスが到着すると、次々と売り子が乗り込んできて、ラオスキープへの両替や携帯電話のSIMカードは要らないかと呼びかける。どこにでもある国境の風景のようにも見えるが、ここでは奇妙なことに中国側にしかこうした光景は存在しない。  中国の出国施設を越えてラオスの入国チェックポイントに向けてしばらく進むと、森林が伐採されてむき出しの赤土が広がる殺伐とした場所に出くわす。無機質な景色は入国手続後の先も同様に続き、さらにその500メートルから1キロほど向こうでは建設機械がうなり声を上げて高層の建物を次々と建設している。さながら、砂漠のオアシスに建てられるビル群のようだ。


中国との国境にあるラオスのイミグレーションチェックポイント。大型トラックがひっきりなしに行き交い、砂煙が舞っている。向こうに建設中のカジノなどが見える。

 現地の監督者に聞くと、建設されているのは高層ホテルにカジノ、リゾート向けの高級マンションなどだった。中国からの富裕層を当て込んで、数年前から開発が始まったのだという。一部で開業している建物もあるというが、全館オープンまでにはもうしばらくの時間がかかるとのことだった。  国境沿いにカジノやリゾート施設が建てられるケースは何も珍しいことではない。タイと国境を接するカンボジアにもあるし、空路が窓口となるマニラのニイノ・アキノ国際空港付近にも存在する。ただこの場所が他と異なるのは、高層ビル建設の傍らで高速鉄道などの幹線交通網工事が合わせて進められ、これら全てにつき中国国営企業が建設主体となっているという点だ。  現地で働いているのは全員が中国国内から送り込まれた中国人。重機を操作するのも、土砂をダンプカーで運ぶのもみな中国人で、ラオス人の姿は一人もいない。使われているのはもちろん中国語。看板や標識も全て中国語。工事現場の近くには、中国人労務者専用の医療施設や食堂も建てられていた。  国境開発もさることながらラオスでは今、国内総生産(GDP)の半分に相当する総事業費約60億ドル(約6800億円)もの高速鉄道「中老鉄路」の建設工事が中国政府との合弁で進められている。総延長は中国国境のボーテンから首都ビエンチャンまでだけでも約430キロ。雲南省の省都昆明からは優に1000キロを超える。山岳地帯をほぼ直線で結ぶため、ラオス国内のトンネルやメコン川などに架かる橋は実に70カ所以上に及ぶとみられている。


中国ラオス高速鉄道「中老鉄路」の国境付近の工事現場。高さ20メートルはあると見られる橋桁が並ぶ。

 建設工事を請け負っているのは、世界でも有数規模を誇る中国最大の国営インフラ企業「中国中鉄股份有限公司」。このうち、ビエンチャンの工区を同社の第2局が、古都ルアンパバーンの工区を同8局が、国境に接続する工区を同5局がそれぞれ分担して受け持つなど、全区間を中国中鉄が単独で受注している。鉄道や道路などの建設現場で見られる複数企業によるジョイントベンチャー方式はここでは見ることができない。  総事業費もうち7割を中国政府が負担する。だが、財源の乏しいラオス政府は残りの金額でさえも拠出することができない。そこで4億8000万ドル分については中国が融資し、開業後の収益から返済するという契約を両国政府の間で交している。黒字化は開業後6年と弾くが、そもそも人口約675万人の同国でそれほどの利用者がいるかは不透明なままだ。下手をすれば、開業後相当の期間、ラオスの国庫には1キープ(約0.013円)さえも入らない可能性さえある。  工事は全工区一斉でスタートしたものの、難工事もあって今年1月現在では、まだ半分の進捗もなかった。だが、その後は驚異的なピッチで進められており、中国政府の威信に賭けても2021年の開業予定に間に合わせる意向だ。連日にわたって資材を満載した大型トラックが国境を越え列をなしてラオス入りしており、各地の村々でこの国には不釣り合いな渋滞も発生している。


北部ルアンパバーン近郊の鉄道工事現場の様子。向こうに見える山の中腹ではトンネル工事が進んでいる。

 このうち、途中駅が設置される見込みの北部ルアンパバーンに近い山岳地帯では、メコン川に架かる巨大橋に接続する形で大規模なトンネルの掘削工事が山の中腹で進められている。事前の環境影響評価は行ったとするが、工事と前後して地下水脈に変化があったとみられ、付近の稲作を生業とする農家の中には湧き水の枯渇で稲の栽培を諦めたところもある。しかし、因果関係が不明として、国や中国企業からの補償は一切なかった。  一方、終着駅が予定されるビエンチャン北部の村でも用地獲得のための大がかりな立ち退きが行われ、村人らが農地や牧草地を手放した。付近には広大な操車場用の赤土の更地が出現し、高架を支える橋桁や盛土の工事も次々と進められている。いずれも住民そっちのけと批判も起こったが、結局顧みられることはなかった。


ビエンチャン近郊で進む高速鉄道の建設現場の様子。原野を切り開き、橋桁が設置されている。

 中国が昆明とビエンチャンを結ぶ中老鉄路の建設にこだわってきたのには理由がある。すぐ南のタイでは現在、首都バンコクからメコン川を挟んでビエンチャンの対岸の街ノーンカーイまでの総延長約608キロの高速鉄道建設工事が同様に進められている。これについても請け負ったのが他ならぬ中国企業だった。第1期事業区間のバンコク~ナコーンラーチャシーマー間(約253キロ)は年内にも完成の見通し。ノーンカーイまでの第2事業区間についても建設を急ぐ考えだ。  二つの高速鉄道建設はそもそも別個の計画として立案され、工事が始まった。ただ、仲介に立ち、受注したのはともに中国企業。メコン川の両岸で向き合う計画はいつしか一体化され、開業後の相互乗り入れが3国間で合意されるようになった。今年4月下旬のことだ。メコン川に架かるそのための鉄道橋も新たに建設される。これにより、中国昆明からラオス・ビエンチャンを経由、タイの首都バンコクに至る総延長2000キロにも届こうという超巨大鉄道網が中国主導で構築されるようになった。  それだけではなかった。中国は、マレーシアのマハティール首相が一度は白紙に戻そうとしたマレー半島東海岸の高速鉄道建設計画を引き取り、総事業費を3分の2に圧縮することで再開への道筋を付けた。タイ国境に近い北東の都市コタバルからマレー半島東岸を一気に南下。途中で西に転じ、クアラルンプール首都圏近郊を経て、マラッカ海峡のクラン港に至るルートだ。完成は26年末を予定している。  工事は同様に中国国営企業が請け負うとみられている。これにより、中国はマレー半島最南端のシンガポール海峡を経ずして、南シナ海とインド洋を結ぶルートを確保したことになる。現在ある国際交易秩序への影響は甚大だ。また、コタバルから北に国境を越えれば、タイ国鉄南本線にも接続でき、相互乗り入れにも視野が開く。かつてはこの区間でタイとマレーシアが国際鉄道を運行していたことを考えれば、可能性は決して低くはない。


ルアンパバーンの主要幹線道路では、中国からのトラックで大渋滞が発生している。

 ユーラシア大陸南東部インドシナ半島で次々と進められる高速鉄道網計画。いずれもその背後には中国企業と、それをコントロールする中国政府がある。一定の経済力を持つタイやマレーシアなどの国々ならそれなりに対等に渡り合えそうだが、国力の脆弱なラオスにとってみれば国の将来を占う重大な局面にあるということが言えるだろう。昆明からの直通列車が運行した時、ビエンチャンは単なる通過駅として扱われる可能性は決して否定できない。そうなる蓋然性は十二分にある。ラオスは今、中国が進める一帯一路によって運命の岐路に立たされている。(写真:小堀晋一 Shinichi KOBORI)