◇小堀晋一のアジアリポート


 2020年1月17日、ミャンマーの首都ネピドーの迎賓会場。固く握手を交わし中国の「一帯一路」政策の一環である「ミャンマー中国経済回廊」の開発推進で合意したアウン・サン・スー・チー国家顧問と中国の習近平国家主席の両国首脳は、満面笑みで記者団による代表撮影に応じていた。その実現には非常な困難が伴うことが確実であるはずなのに、二人ともにおくびにも出さずにカメラに収まるさまはどこか滑稽で、打算的であった。そしてそれは、国際非難を一身に浴びながらも最高権力者としての地位に座り続ける独裁者たちの悲しき呉越同舟でもあった。(ジャーナリスト 在バンコク 小堀晋一)


習近平国家主席との会談に臨むアウン・サン・スー・チー国家顧問(代表撮影)

 2001年の江沢民氏以来19年ぶりとなる中国国家主席のミャンマー訪問。国営新華社が共同声明を華々しく報じはしたものの、その内容には何ら新鮮味はなかった。両国による経済回廊開発の合意が結ばれたのは2年以上も前の2017年12月。ミャンマーでは3年目に入ったスーチー政権への失望と反発が徐々に広がりを見せ始めていた。一方、中国では、1982年に復活した国家主席のポストをめぐって、2期10年とされてきた任期撤廃の議論がピークを迎えていた。ともに自身に権力を集中させるための重要な時期にあった。


■中国念願の「海」への道


 ミャンマー中国経済回廊は、中国雲南省徳宏タイ族チンポー族自治州瑞麗市とミャンマー西部ラカイン州チャウピューまでを結ぶ全長1500キロ超。瑞麗の国境対岸の街シャン州のムセから、中部にある同国第2の都市マンダレーを経由、インド洋を目指し南西に舵を取る。マンダレーの南方では国内最大の河川エーヤワディー川を横断。一面に広がる沃野を突き進む。この大平原を横切って目の前にそびえ立つ標高2000メートル級のアラカン山脈の山々を超えると、ようやく海辺の街チャウピューが見えてくる。

 すでに、中国政府が完成させた原油のパイプラインが回廊に沿って稼動しており、この近郊に鉄道や道路などのインフラを新たに整備する。チャウピューでは深海港と経済特区が建設され、外国資本の誘致も行う考えだ。中国にとって、海洋の権益をめぐり対立する南シナ海やマラッカ海峡を経由しない新たな貿易路となって、その確保は喉から手が出るほど欲しいところ。それが回廊建設の最大の目的であった。

 17日の会談では両首脳とも具体的なロードマップは示さなかったものの、政府関係者は20年代半ばまでの完成を見据える。このうち、第1期事業として位置付けるのがミャンマー東北部ムセからマンダレーを結ぶ全長約430キロの「ムセ・マンダレー鉄道」だ。走行時速はミャンマーでは未知となる時速160キロを想定。両都市間を3時間台で結ぶ。間もなく事業化調査が始まる見通しで、総事業費は90億米ドルを上回ると試算されている。


マンダレー駅の現在の駅舎。ここに乗り入れる公算が高い(撮影:小堀晋一)
現在のマンダレー駅構内の様子(撮影:小堀晋一)

■反スーチー勢力の抵抗

 もともと、瑞麗・ムセ間の国境は、両国における主要な交易路であった。ミャンマー商業省によると、同国の2018年度(18年10月~19年9月)の貿易総額は約350億米ドル。このうち50億ドルほどが交通の便が良いムセで取り引きされている。ミャンマーから中国に向けて出荷されるのはコメや豆、トウモロコシ、スイカなどの農作物や肉牛などの畜産物など。逆に中国からは家電製品や建設資材、消費財などが輸入されている。



ムセから中国側の瑞麗市を臨む。特別な許可がないと外国人は通行できない(撮影:小堀晋一)

ムセ市街ではトラックが土煙を上げて頻繁に通行している(撮影:小堀晋一)

 ところが、17年末の構想合意以降、その実現をめぐっては実務者らが幾度も検討を重ねて来たにもかかわらず、一向に進展が見られていない。むしろ、実現不可能との悲観論さえ少なくない。その最大の理由が、広大な沃野や山岳地帯を活動地域とする反政府勢力の存在だ。鉄道や道路などのインフラ、沿線に張り巡らせる予定の送電網、こういったものが破壊行為の対象になるとの懸念が根強く沿線地域を脅かしているからである。

 その具体事例が実際に昨年起こっていたことは、あまり知られていない。マンダレーからムセに向かう大型トラックが通行可能な国道3号線。ここで主要な橋梁3カ所が爆破され、途中のピンウールウィンでもミャンマー国軍学校の施設が破壊される事件があったのは8月15日のことだった。犯行に及んだ北部同盟は声明を出し、中国への接近を続け、少数民族を圧迫するアウン・サン・スー・チー政権を批判した。同同盟はミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)やタアン民族解放軍(TNLA)などから組織される反政府軍事組織。シャン州などを舞台に活動を続けている。

 ピンウールウィンは、マンダレーから車で1時間半の距離にある高原の避暑地。太平洋戦争中は旧日本軍のインド方面への侵攻を目指す第15軍(牟田口廉也司令官)の司令部が置かれた場所で、旧名の「メイミョー」のほうが今も通りが良い。戦後、司令部跡地は接収され、次世代のミャンマー国軍を担う若手将校の教育が行われている。狙われたのは、いわば敵対する現政権の象徴の一つだったというわけだ。


■ロヒンギャに続く新たな少数民族迫害も

 この襲撃事件によって、瑞麗・ムセ間の国境貿易は一時停止を余儀なくされ、3~4カ月ほどはトラックの往来も激減した。マンダレー・ムセ間は山岳地帯が一面に広がっており、反政府勢力が身を隠す場所はほぼ無数にあると言ってよい。ここに、鉄道や道路網、送電施設を建設したところで、ゲリラ活動の標的となることは火を見るよりも明らかというのが、ミャンマー中国経済回廊建設に疑問符を投げかける人々の見解なのである。

 インド洋に面する回廊のもう一端チャウピューでも問題を抱えている。ミャンマー政府はここに、外国企業を呼び寄せるための深海港と経済特区、工業団地の造成を目指している。ところが、ミャンマーでは土地所有制度の整備が遅れており、地籍や所有権などがはっきりしていない。おまけに、こうした未開の地に住む人々の中には迫害を受けてきた少数民族が少なくなく、政府には総じて批判的だ。

 こうした中で政府が強硬して立ち退きを求めれば、数万単位で家を失う人々が出現し、新たな政治問題として浮上することは想像に難くない。簡単に手の付けられる問題ではないことは誰の目にも明らかと言えるだろう。



中国国境の街ムセに向かう国道3号線。ところどころで未舗装が広がる(撮影:小堀晋一)

■打算の習近平に擦り寄るスーチーの滑稽


 それでも、もう後がない74歳のアウン・サン・スー・チー国家顧問は、国家発展のためには突き進むしかないと考えているのか。西部ラカイン州に済むロヒンギャの人々との問題が大きくクローズアップされると、かつての民主派闘士はすっかり評判を落とし、自らの大統領就任のみに拘泥する姿は誠に滑稽というより他はない。欧米諸国にそっぽを向かれ、国際支援の道が途絶えたかと見ると、禁じ手ともなる国境を接する中国に救いの手を求め、その批判にもどこ吹く風だ。


中国側に向かう国境ゲートは、車やバスで長蛇の列を作る(撮影:小堀晋一)

 こうした行き場のないミャンマーの窮状に照準を定め、虎視眈々と獲物を狙ってきたのが中国である。内陸部を通ってインド洋航路を確保すれば、地政学的にも優位に立つことは明らかだ。3期目を目指す習主席にとってもライバルを抑え込むための実績ともなる。権力維持と打算の呉越同舟。家や財産を失い、いつも迫害されるのは力のない少数の人々だ。