◇小堀晋一のアジアリポート

 2018年7月にラオス南部で起こった建設中の水力発電所ダムの決壊事故から1年。被災地では住民ら約10000人が帰村を果たしたが、住宅は流されるか土砂に埋まったうえに、生活の糧であった水田には粘性の強い土が流入。田植えはおろか農地としての再生ができない状態が続いている。ラオス政府や合弁パートナーとしてダムの建設工事を担当した韓国大手財閥SKグループ傘下SK建設からの補償はほんどなく、わずかな米の食糧援助と耕作代替地の提供があったにすぎない。こうした中、新たな農地の開墾に中国マネーが介入し物議を醸している。狙いの先にあるのは、ラオスを中国の食糧基地とする野望だ。(ジャーナリスト 在バンコク 小堀晋一)


決壊したダムの激流が下流の村を次々に飲み込んだ(当時のテレビ映像)

 事故は昨年7月23日夜に起こった。建設中だったチャムパーサック県パクソン郡の水力発電用ダム「セーピアン・セーナムノイダム」が台風による増水であえなく決壊。鉄砲水が下流にあるアッタプー県の村々を次々と襲い、翌朝までに7つの村が冠水。住居に田畑、牛、馬などの多くの家畜が流された。死者は分かっているだけで71人に上る。

 ラオス政府は国家緊急災害に指定。行方不明者の発見や被災者の保護に当たったが、1年余りが経った今でも正確な死者・行方不明者の数は把握できていない。被災に伴う精神的なショックなどから体調不良を訴える人も後を絶たない。この地の主要な産業である農業を中心に、被害総額は少なく見積もっても1500万ドル(約16億円)に達するとみられている。


決壊から1年経った今でもあちこちで道は寸断されたままだ(アッタプー県で小堀晋一撮影)

 家を失った人々のため、大規模な仮設住宅が用意された。しかし、十分な食糧の提供に加え上下水道も整備されなかったことから衛生面は劣悪で、入居者からは「刑務所よりもひどい」「死者として数えられる方がましだ」といった声が根強かった。10000人に上る帰村は、こうした絶望的な生活環境から着の身着のまま実行されたにすぎない。

 社会主義国のラオスでは田植えを行うための農地も国が農民に貸し与えている。今回のダム決壊に伴う大洪水でも、土砂に埋まった農地の代替地を国が用意した。しかし、用地は荒れ地にすぎず、耕作可能地とするための農機や農機具も少ない。購入するための資金を持ち合わせていない。農業の再生は一向に進んでいない。


資金不足でインフラ整備も進まず主要国道も荒れ果てたまま放置されている(アッタプー県で小堀晋一撮影)

 こうした折りに、資金提供を申し出てきたのが中国企業だった。アッタプー県サナームサイ郡ピンドン村では、代替農地として2000ヘクタールの荒れ地が農民らに補償された。ところが開墾できずに途方に暮れていたところ、中国企業が資金提供を申し入れてきたという。条件は二つ。新たな農地ではバナナの栽培を義務づけ、その手順も指定した方法に従うというものだった。収穫されたバナナは会社側が全量を買い取るというという付則も乗り込まれた。

 中国企業が指定した栽培法とは、中国から持ち込んだ肥料を多量に投与するというものだった。肥料は化学肥料とみられ、使用してみると確かに収穫量が激増した。栽培期間も自然栽培より半分弱と生育も早かった。しかし、一方で皮膚の疾患を訴える農民が増えた。農園から排出される水の付近ではヘドロが堆積するようになり、下流の川では魚の数が激減した。


被害の少なかった地区では田植えが細々と再開されていたが、中国マネーが介入した開墾地ではバナナ栽培が義務付けられる(アッタプー県で小堀晋一撮影)

 ラオスでは、かねてより中国企業が進出。全土でバナナ農園を展開していた。従来からの中国国内の主要な産地である広西チワン族自治区では、国土の開発により供給が頭打ちとなっていた。14億の人民の胃袋を満たすため、大規模なプランテーション農園が必要とされていた。そこに白羽の矢が立ったのが同緯度帯にあり、気候も似通ったラオスだった。ラオス産のバナナの輸出は2018年、1億1200万ドルにも上り、その大半が中国向けだった。


ラオスのバナナ農園。化学肥料の大量使用による健康・環境被害が深刻化している(写真:REUTERS)

 だが、その生産方法は同様に化学肥料を多量に使用するというものだった。農民の健康被害も広がるようになり、危機感を強めたラオス政府は17年1月、全国にバナナ農園の新たな拡大禁止を通達。無許可のプランテーション農園については閉鎖するという厳しい態度を示した。

 にもかかわらず、ラオスでは当局の監視の眼をすり抜けるように、新たなバナナ農園が開墾され続けている。地方当局者が例外を適用するか監視を緩めているためとみられ、アンダーマネーが介在したというきな臭い噂も後を絶たない。アッタプー県の開墾農地もそうした一例だった。この結果、プランテーション農園の拡大を禁止しているにもかかわらず、今年のバナナ輸出は前年比5000万ドルも多い1億6800万ドルに上るとみられている。


ラオスのトンルン首相(左)と会見する中国の李克強国務院総理。ラオスにおける中国の食糧基地建設は着々と進行している(写真:新華社)

 こうしたプランテーション企業が目論む最終的な目標は、中国政府が進める中国国民のための食糧基地の建設だ。地球規模で超大国が自国第一主義に傾斜する中、人口700万人にも満たない小国ラオスでは、地元に住む人々の健康被害さえ見向きもされずに、自然破壊が続いている。憂慮すべき深刻な事態だ。