◇編集長のワールドリポート


 7月10日に実施されるシンガポール総選挙を控えて、リー・シェンロン首相の弟で実業家のリー・シェンヤン氏が新しく結党された野党・前進党(PSP)に入党したことを明らかにした。リー・シェンヤン氏はシンガポール「建国の父」故リー・クアンユー元首相の次男。建国一族であるリー家ではリー・クアンユー元首相死去後から内紛が続いており、骨肉の争いが政治の表舞台に移ったことで大きな波紋が広がっている。(World Review 編集長 松野仁貞)

リー・シェンヤン氏(左)と兄のリー・シェンロン首相

 兄弟の父であるリー・クアンユー元首相は、シンガポールが英連邦自治州になった1959年に初代首相に就任。1965年にシンガポールを独立に導き1990年まで首相を務めた。建国の父と呼ばれて国民から親しまれていたが2015年に91歳で死去した後は、一族の間で内紛が勃発し政治的対立にまで発展していた。

シンガポール「建国の父」リー・クアンユー元首相

 一族の内紛は、リー・クアンユー元首相の次男で首相の弟リー・シェンヤン氏と長女で首相の妹のリー・ウェイリン氏が長男である兄のリー・シェンロン首相と対立する構図。発端は莫大な遺産相続だったが、シンガポールという国と建国リー一族の関係を含む政治的対立へとエスカレートした。

 約3年前から、シェンヤン氏とウェイリン氏は兄のシェンロン首相に対して「遺産を自らの私的な思惑のために使い首相の地位を私物化している」などと公然と批判を続けている。

 シンガポールは1959年に英国から自治権を獲得して以来、人民行動党(People's Action Party)が一党支配を続けてきた。1965年の独立以降、3人の首相しか誕生していないが、そのうち2人がリー一族の出身だ。

 こうした経緯を踏まえて、シェンヤン氏とウェイリン氏は「シンガポールという国はリー家の所有物ではない」「独立・建国時の理念に立ち帰るべきだ」と兄である首相との対立姿勢を強めてきた。

リー・シェンロン首相(右)と対立する弟のシェンヤン氏(左)と妹のウェイリン氏(中央)

 関係者によると、首相が息子を後継者として政権の私物化を図ったことが内紛激化の契機になったという。

 外交筋は「その時点から首相にとっての弟と妹は単なる血族ではなく排除すべき政敵になった」と解説する。

 シェンヤン氏とウェイリン氏は2017年6月に「政府機関から監視されている」との声明を発表、「政府の権力乱用を防ぐ抑制と均衡のシステムがほとんどないことを憂慮している。われわれはどこにでも兄の気配を感じている」などと身の危険を訴えていた。

 今回、シェンヤン氏が入党したのは父であるリー・クアンユー元首相が地盤としていたタンジョン・パガー選挙区で結党された前進党(PSP)。党首はタン・チェンボク元国会議員(79)で「与党・人民行動党の一党独裁に歯止めをかけて建国時の理念に立ち帰って、一部支配層のためではなくシンガポール国民のための政治を目指す」と抱負を語っている。

 また、シェンヤン氏の入党については「建国者の息子がわが党に加わったということは、現政権が建国者の希望から離れていることを示している」と述べた

 新型コロナのパンデミックでずれ込んでいた党員証書授与式に臨んだシェンヤン氏も「人民行動党は本来の道を見失ってしまった」とした上で「国を愛し、市民であることを誇りに思うことと、与党に票を投じないことは矛盾しない」と述べた。

 兄への批判の中で「政権の私物化を防ぐためにもリー家の人間はシンガポールの政治に関わるべきではない」と主張、自らはビジネス界に身を置いていたたシェンヤン氏。総選挙への出馬の意向はまだ表明していないが、その去就に関心が集まっている。